小学生の兄妹見学者も体験していただいた。
*基本即神髄
小学生でも単独で水泳や体操の様に大人が追随できない境地に達する競技や学習・芸術がたくさんある。合氣道も基本を体得することで単独動作のみならず相対動作が確実に修練でき、大人と同様に稽古して遜色無く発展させ楽しむことができる。子供であるからこそ基本動作の習得は大人とイーブンであり、子供用の基本や相対動作というダブルスタンダードがあるわけではない。核心は普遍である。
一人一人を比較すれば、身長、体重、手の大きさ、胸郭の広さや腰の幅の違いから、上肢の呼吸法と足腰の基本動作に部分的な差異が生じるのは、大人の間にも男女の間にも当てはまる。相対動作が究極単独動作に集約されて技が成立するわけで、始めも途中も終わりも単独ではない。取りと受けの魂氣と魄氣がそれぞれに、また互いに、結ぶ(産すぶ)所で武(合氣)が産まれる。これが実理である(用語の一つ一つは観念ではなく実際に動作ですべて体得する)。
合氣道の稽古はルールで限って勝敗を競うこともしないし、苦痛や害を与えて良しとすることもしない。それらの限界を知って心身を癒すことに武道の価値がある。限界を知るために互いに稽古をする。そこで、イメージは動作の広がりや速さや強さの限界を知る助けにはなるが、イメージが技を産むのではない。特に上肢の動作は静止や間断の無いよう呼吸にともなう巡りという動作が欠かせない。また、基本動作の繋ぎ目は観念では埋めることができない。六つの要素は元来互いに移行するものであり、観念のみではそれらを途絶えさせる。実理と観念は表裏一体でなければならない。
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