合気の静止
合気は禊から始まる。
片寄りのない左右の足で天の浮橋に立ち、呼吸にともなって臍下丹田に天地の気を結ぶ。体軸は軸足/非軸足を伴わず、直接地に繋がっていない。静止の姿である。
合気の動作
合氣道では魂氣三要素(陰陽・巡り・結び)の働きで両手の動きが成り立つ。また、魄気三要素(陰陽・入り身・転換回転)の働きで左右の足腰の姿勢と動きが成り立つものと考える。
たとえば右の魂氣と魄氣が丹田に結んで体軸が確立し、左足を軽く半歩出す(合気神髄P70)。左足は体軸から解脱して足先が地に触れるのみである。左手は陰陽にかかわらず体軸に与らないから魂氣の三要素で自在に動作する兆しを得る。左手が掌で魂氣を受けた状態は左半身の入り身転換で静止した形だ。このとき左手は広義の陽で狭義の陽であり、陽の陽と呼ぶことにしている。
一方、左上肢を弛緩して脇を閉じて左胸から下腹に沿って密着し、掌に魂氣の珠を受けて包んだ思いで下丹田に結ぶと、陰の陽の魂氣と表現できる。小手返しの手である。左足を更に半歩出しつつ魂氣を陰の陽で差し出して受けの左手刀の中へ陽の陽で掌を開けば正面打ちの氣結びであり、一教表や入り身投げ表に連なる。
取りも手刀で合わせたなら気結びが望めず、陰の陰に外巡りして左足を外へ更に半歩出して受けの表へ転換(内転換)すると同時に右側の手で自身の顔を拭いながら受けの左手刀に気結びして再度左半身に戻り、左手の振り込み突きで受けの真中を撃つことができる。払わせて前方回転すれば四方投げ表が生まれる。
開祖の言葉では、左の手足が無限に気を生み出す武の基礎、右は天地の気を受けて武の土台となる。〝この左、右の気結びがはじめ成就すれば、後は自由自在に出来るようになる〟(合気神髄P105)。
自在に動くしくみ
左の魂氣が巡って丹田で魄氣と結べば左の手足が体軸となって左右が交代する。入り身転換や内/外転換、回転の反復である。すなわち難場歩きの理論であり、開祖は〝これは自然の法則である。この原則を腹において、臨機応変、自在に動くことが必要である〟(合気神髄P105)と。
鳥船
鳥船の動きは、呼気で魂氣を両手で下丹田の魄気と結び、吸気で前方に発しては空間の魂氣を掌に包んで下丹田に巡らせ、再び呼気で下丹田に結ぶ繰り返しである。禊のひとつである。小林裕和師範は左右左と半身で3通り行う。
軸足を作っても非軸足との交代が行われないから、その場で半身の交代なしで体軸がかすかに揺れて、後述するごとく腰を切る動きに止まる。
鳥船と魄氣の陰陽
足腰の姿勢・動きは地から足底に受ける魄氣の働きによるものと思うことにする。
鳥船の動作にもどって詳述しよう。はじめに左半身で両手の掌に包んだ魂氣を呼気で下丹田に結んだ姿勢は、右足を屈曲して全体重をかけて体軸に与り、左足は伸展して足先が地に触れるのみで非軸足とする。体軸は頭頂まで直立して目付は水平で最大の視野を保つ。この姿勢を陰の魄気による働きと思うことにする。
弛緩屈曲して下丹田に置いた両手の脇を後ろに開いて肘を進展し、魂氣を包んだままそこから両手を吸気で前方に振り込み差し出す。このとき右足は膝を進展して緊張した下肢で地を踏みつづけ、左の伸展していた非軸足は足底で地を踏みはじめて下腿が垂直になって体軸を支えるまで、つまり、両脚で上体を支え、体軸は右足の伸展した分やや前方に偏る。この姿勢を魄氣の陽による動作とする。
腹式呼吸で腰を切る
肝心なことは、左半身で下丹田が正面を向いていた陰の魄気に対して、陽では前方に移動するのではなく、その場で右前下方に向かうのである。これは腰を斬ると言い表される。横面打ちで剣を持つ手が上段に伸び切った時の腰の向きである。したがって上体は前傾となるはずがなく、あくまで直立して腹式吸気で胸を起こす。両手が前方に差し出される分、胸式呼吸は行なえない。
剣を振りかぶって極限まで胸腹式呼気で陰の魄氣の姿勢をとり、一気に腹式吸気で両手が胸を閉じて正面に打ち込む。魂氣で手を使う武技の最中、胸式吸気で胸を開く機会は殆どない。
鳥船の手の動き
鳥船に話をもどす。ホーと声を出す吸気相の終末で肘の緊張進展がすぐに限界となることから、魂氣の珠を掌に包み蓋をしている母指先は地を指したまま限りなく静止に近付く。呼気相に移るときは上肢の弛緩屈曲が始まっており、魂氣は他の指先の方向へ、つまり下丹田へと巡りはじめている。呼気の終末で右足を屈曲し全体重をかけて体軸に与り、左足は伸展して足先が地に触れるのみで非軸足とする。今や左半身の陰の魄氣で両手の掌に包んだ魂氣は下丹田に結び、一呼吸の禊で合気をなしている。
再び一呼吸で鳥船を繰り返すのであるが、陰の魄気で魂氣を下丹田に結んで直ぐ後ろに手繰る。つまり、弛緩屈曲して下丹田に置いた両手の腋を後ろに開いて肘を進展し、魂氣を包んだままそこから両手を吸気で前方に振り込み差し出す。魄気が陰から軸足の伸展に伴い魂氣を陽で発し、下丹田が内下方へ少し捻れて非軸足が地を踏んで下腿が垂直に突っ張り、後ろの足が進展し切ってなおも足底が地を捉えたら下丹田は両脚の間で上体を確立し(魄氣の陽)、その瞬間魂氣は陰に巡って下丹田へと還りはじめている。後方の足は軸足へと戻り、一旦地から浮動した体軸はその軸足に繋がって確立する。速やかに魂氣が下丹田に結び、鳥船の一呼吸の度に合気が成り立つ。
鳥船の特徴
鳥船の特徴は軸足が魄氣との結びを解かず、つまり軸足を前の足に交代せずに魄氣の陰陽を繰り返す動作であり、入り身運動に至る前段階である。
今、鳥船が以下の思いで行なわれるとしよう。
すなわち、陽の魄気で魂氣を陽で発する。陰の魄氣で下丹田に引き寄せて結ぶ。
これは体軸・下丹田が前後に揺れる姿である。
他方、前段に詳述した鳥船は腰を切る思いと動作の三位一体である。結果として、単純で目立たない動きであって、攻防一体の体捌きである基本動作の転換、入り身、入り身転換、転換入り身(転進)、回転につながる根本の動作である。
合氣は禊である、という開祖の言葉そのままである。
〝天の浮き橋に立つ禊〟から始まらない稽古は『開祖の合氣道』と混同せずに並列して稽古すべきであろう。
2021/5/14