魄の上に魂をのせ、魂によって魄を動かす 正勝吾勝勝速日 武産合気
『合気神髄』から引用して私見を述べる。
左右それぞれに魂氣(天の気・手)と魄気(地の気・足腰)がある。右の魂氣が下丹田の後ろ・腰仙部で右の魄気と結んで体軸を作ると、左の魄気は〝軽く半歩出し〟p70た足先で地に触れ、左の魂氣は下丹田に置かれる。
左の魂氣と魄気は互いに結びは解かれており、体軸に与ることなくそれぞれ自在に置き換えることができる。左の足は千変万化、軸足へ交代することで体軸移動が叶う。すなわち移動したところで体軸が再度確立する。
左の手は〝身の軽さを得て〟p105おり、〝魂の比礼振りが起こる〟p70ことに喩えられる。左足の置き換えと同時に吸気で左母指先から魂氣を発する思いで虚空に円を描き、呼気で下丹田に巡って魂氣と魄気が結ぶと禊の動作であり、これこそは天地の気に気結びする合気である。〝合気は禊である〟p150。
〝合気は禊から始める〟p145。右の魄気は体軸を作り、同側の手はその一部であるから体、つまり形である。その上で左の魂氣が同側の魄気とともに自由に働くことができ、合気が成立するのである。〝形より離れたる自在の気なる魂〟p130〜131。右の魄の上に左の魂を置き、〝魄の上に魂をのせ、魂の比礼振りによって〟p107、左の魂で左右の魄を動かす、つまり右の魄気は入り身運動の継ぎ足となる。〝魂が魄を使うのでなければいけない。魂の気で、自己の身体を自在に使わなければならない〟p18。
開祖は、右の魂氣と魄気の結びが体軸をつくる働きを〝吾勝〟と呼び、左の魂氣で円を描き、魄気で自在に体を捌く動作を〝正勝〟と呼んだ。さらに、入り身一足で残心を表すまでの動作は〝勝速日〟と称えた。〝勝速日の基、左右一つに業の実を生み出します〟p70。
合気の動作と思いは〝正勝、吾勝、勝速日〟で表現されることになる。さらに開祖はこのことから武が生まれるとして、〝正勝、吾勝、勝速日〟を〝武産合気〟と呼んだのである。〝正勝、吾勝、勝速日とは武産合気ということであります〟p65。
そこで、武とは何かということを開祖の言葉から知ることとする。
〝武がなければ国は滅びる。すなわち武は愛を守る生命だからであり、科学の活動の根元なのです〟p100
〝日本の武の根元は愛であります。世の中はすべて愛によって、形づくられているのであります〟p47
〝真の武道とは愛の働きである〟〝すべてを生かし育てる、生成化育の働きである〟〝愛なくばすべては成り立たない〟p35
一方、〝合気道の極意は、己れの邪気をはらい、己れを宇宙の動きと調和させ、己れを宇宙そのものと一致させることにある〟p34 〝合気は禊である〟p150 〝宇宙の心を、己れの心とすることだ。宇宙の心とは何か?これは上下四方、古往今来、宇宙のすみずみにまで及ぶ偉大なる「愛」である〟p34
「武は愛なり」である。 2023/9/16