開祖の合気道練習上の心得にある「体の変化」とは
1 はじめに
2〝体の変化〟と合気道の基本動作
3 基本技法としての体の転換法
4 日常稽古の実際の動作
5 体の変更
6 片手取り体の変更
7 固め技ではなく転換法としての体の変更
8 まとめ
1 はじめに
植芝守央合気道道主の著書『合気道 稽古とこころ 現代に生きる調和の武道』内外出版社2018年(以下『合気道 稽古とこころ』と略す)に記された「合気道練習上の心得」6項目のうち5番目の記述から、いわゆる体の変更について考察する。
『合気道 稽古とこころ』より〝本部道場には開祖が遺された「合気道練習上の心得」が掲げられています〟〝 「5、日々の練習に際しては先ず体の変化より始め逐次強度を高め身体に無理を生ぜしめざるを要す。然るときは如何なる老人と雖も身体に故障を生ずる事なく愉快に練習を続け鍛錬の目的を達する事を得べし」〟(p50)と。
また、植芝吉祥丸著『合氣道』(植芝盛平監修 光和堂昭和32年)では開祖の「合気道練習上の心得」について、p166〜167に〝第五は、練習に於ては無理をしないということである。何事に於ても無理は最も忌むべきことであるが、殊に、天地と呼吸を合せ、天地に合気する道に於ては、無理な力がほんの僅か入っても、全体の態勢が崩れ、練習している本人も体の調子を崩すものである。動もすれば、若い血気の人達は、力を入れねば強くならぬような錯覚に陥りやすいのであるが、そうではなくて素直な稽古が真の強味を作るものである〟(後略)と解説されている。
『合気道 稽古とこころ』における植芝守央道主の言葉を続ける。
〝さらに (中略) 私なりに言葉を加えてご説明します〟(p53)
〝 5、技の骨子となる基本の体捌きを修練して体をほぐし、温めてから技の稽古に入っていく。「いかなる老人といえども」とはありますが、老若男女、それぞれの体力・習熟度にあわせて無理のない稽古をすれば、怪我をすることなく稽古を積み重ねることができ、必然的に技の習得につながるということです〟(p56)
2〝体の変化〟と合気道の基本動作
稽古に際して、開祖は〝体の変化〟から始め逐次強度を高めることが必要である、と教えている。吉祥丸二代道主は、無理な力を入れることは最も避けるべきである、と説かれた。そして、植芝守央三代道主は〝基本の体捌き〟で体を温めてから技を稽古することで怪我なく継続した習得につながる、と解説されている。
稽古において基本とするべき開祖の〝体の変化〟とはどのような内容を指しているのであろうか。『合氣道』ではその基本を基本動作と基本技法に分けて詳説されており、〝基本動作の最初に最も大切なことは礼である。礼は形だけではなく、先ず己の心を正しくして人に対しなければならぬ〟(p87)とある。その上で、「構え」「間合」「捌き」「気の流れ」「先」「力の使い方」「坐法」「基本準備法」「受身」の九つの点を挙げている。そのうち、まず捌きについて理解を深めることとする。
〝捌きには手の捌き、足の捌き、体の捌きがあるが、これ等が個々ばらばらになっては、立派な捌きということはできない。前後左右の捌きも、すべて一貫した円の中に包含されねばならぬ〟(p93)
また、気の流れとは、〝相手の動きを正しく察知すること〟ができる〝直覚力〟であり、〝自然に無意識に出て来なくてはならぬ〟と明言する。〝自己の動きの中に相手を入れてしまう至妙境において、何の分別をはさむ余地もなく、機に応じてすらすらと出て来る働きをいうのである〟(p94)
〝特にこの捌きが、中略 「気の流れ」と共に重要な一面を担っているのである〟(p93)すなわち〝気の流れに従って体を捌いて行く動作〟それは〝相手が来るのを待っていて迎え、然る後送るのではなく、相手が出て来なくてはならぬ気持ちにまで追い込み、これを捌いて行く極処〟(p95)であり、〝言うは易いが、真の会得は勿論一通りや二通りの修業で得られるものでなく〟〝不断の鍛錬により遂にはあらゆる面が渾然一体となる境地に達するのである〟(p95)と説く。
3 基本技法としての体の転換法
次に、『合氣道』によると〝基本技法〟を四大部類に分けている。〝一、転換法 二、基本投げ技 三、基本固め技 四、呼吸法〟(p112)である。特に転換法は〝体の転換法〟として〝全身転換と上半身転換とに分つことができる〟(p112)と。前者はたとえば左半身から〝左足を軸として体を転換すること〟後者は〝足の位置はそのままとし、上半身のみを転換することである〟(p112)。
なお、〝転換法は体の捌きに通ずるものであり、中略 転換が立体的になったものを回転という。中略 主として、これ等は受け身に必要なもの〟である、と(p112〜113)。
4 日常稽古の実際の動作
開祖のいわゆる〝体の変化〟について、日常の稽古ではじめに行う動作として実際に行われるものに限定すると、気の流れに属するものとしては禊、鳥船。また、転換法として上半身転換は入り身転換、後ろ転換。全身転換は半身を変える外転換、半身を変えずに体を閉じる内転換と、体の開きである。なお、この内、外は単独動作における名称であり、相対動作では相手の腹側、背側を指すことから相半身では逆の名称となる。
さらに全身転換として、入り身転換から一歩退いて元の半身に戻る捌き、その場で後ろ半回転して同じ半身のまま体を180度転換する捌き(小林裕和師範の三面に開く)、さらにそこから後ろ転換に繋がって、結局後ろ一回転で半身を転換する捌きがあげられる。
5 体の変更
体の変更という用語の出典は不明である。開祖、吉祥丸道主、そして守央道主の著述にも見出せなかった。しかし実際にはよく用いられる。現在、体の変更としての代表的動作は、上半身転換の入り身転換と全身転換が合わさった動きのように思える。つまり、浅い入り身で後ろ半回転の軸足を作り、魂気・手は下丹田に迎えられるのではなく鼠蹊部に密着して体軸を確立する。つまり、自身の天地に気結びする狭義の合気である。
そこで、後ろ半回転により対側の手足が結んで体軸の交代移動が行われると両手は陽の陽で掌を開き、両腋を閉じながらも下丹田から中丹田の高さに差し出す。このとき前方の足先と同側の母指先は外に開く形となり、後方の足先とその同側の母指先は自身の腹側に開き、この瞬間は体が正面(動作前の背側)前方に正対する。
これが三面に開く体勢であり、体軸は後ろにあるが前方の非軸足先は外側に90度開いたままで残され、四肢はそれぞれ剣線に対して左右前外方に向けられる。目付と体幹は正面に向いている。
このとき前方の非軸足は自ずと踵が着いて軸となり、足先が内に戻ってさらに90度内股に回って踏み詰めると手は同期して内に巡るから下丹田に結ぶこととなり、魂気と魄気が結ぶ体軸の確立が成る。すなわち三面に開いてそれに続く後ろ転換で後ろ一回転が完了する。
これは正勝吾勝、つまり陰の魄気であり、鳥船でイェイと両手を下丹田に結んだ足捌き、体捌きである。
6 片手取り体の変更
相対動作として片手取りにおける現在の代表的な体の変更を文章化しよう。取りの下丹田に置かれた非軸足側の手に魂気の玉を包み、対側の手は腰仙部に置いて足腰と一体となり体軸とする。開祖のいわゆる「正勝吾勝」である。
非軸足を受けの足元で外側に半歩出すと同時に魂気を下段に与える。鳥船の手と同様に〝魂気の珠を包んで蓋をして僅かに出た母指先〟(小林裕和師範)が地を指している手によって、受けはその手首を抑えて掴む動作が引き起こされるであろう。この相手の心の動きと動作の兆しが「気の流れ」ということである。これを捌いて行くのが合気道の基本動作であり、転換法つまり体の変更であろう。
取りが手を止めて易々と取らせるのではなく、まず手捌きであるが、魂気の珠を包んだ手の母指先から魂氣が常に種火の如く灯り、魂気の玉を与えるべく動作を始める際にはさらに気流を発するように母指先を内に向け、掌が天を向くようにしてその手首の伸側を取らせる。
非軸足は同時に母趾先を内側に向けて踏み詰め、軸足へ交代すると腋が自ずと閉じて上腕は体幹に密着し、同時に対側の軸足は伸展して地を突き放す。目付は一気に後方へ反転して地を離れた足は即座に弛緩し、膝から屈曲した状態で軸足の踵側を回って前方に着地し、そこに再び交代した軸足と同側の鼠蹊部に着いた魂気・手が結んで一体となり、体軸が確立する。この禊に通じる動作はまさに合気である。
はじめ吾勝の腰仙部に置かれた手は転換に伴って鼠蹊部に回り、両掌とも開いてここに体は反転し、全身転換の体捌き、足捌きが成り立つ。取りの両手は体幹に密着して鼠蹊部から左右前外方に差し出され、三面に開く手捌きが成る。
7 固め技ではなく転換法としての体の変更
取りの手首を掴んだ受けはすでにその瞬間体軸を失い、体幹軸は前後の足で支えられた状態ではあるが、取りの手・魂気とともに取りの下丹田にてその魄気に結び、すなわち取りの体軸に接着してその背側に偏移している。
取りの体軸は受けの体幹軸と一体になっているが、技の生まれない限り取りの捌きは終わったことにならない。勝速日に象徴された入り身一足に至らなければ技は生まれない。つまり、捌きによって受けを崩し、導くことは技を生む過程であって、受けの体勢を固定し、静止させることはできない。
取り自身の軸足交代と体軸の移動に伴う全身転換の核心は鳥船で体幹軸が揺れる瞬間に統一される。つまりホーと両手を差し出して即呼気で下丹田に巡る前の足腰の姿勢である。これを私は魄気の陽と呼ぶことにしており、下丹田に結んだ正勝吾勝の半身は魄気の陰ということになる。
魄気の陽から継ぎ足で二足が一本の軸として体軸移動の成る瞬間が入り身一足であり、開祖の勝速日であろう。一方、体軸移動に至らない足捌きの典型として、剣の素振りと鳥船の動作も重要な体の基本的な変化に含まれる。
8 まとめ
一教表で受けを固めに導く際、両手で気の巡りの円を描く動作に受けの上肢が包まれるわけだが、足と体の捌きが魄気の陽で静止すれば固めの技が生まれる寸前で互いが静止することになる。つまり受けは対側の手が地を突っ張り、同側の足は膝をついて体軸を作り魄気が働いている。取りは両手を差し出して受けの上肢を抑える(掛け)だけで、魂気の結び(崩し)も、互いの魄気の結び(つくり)も解けてしまい、取り自身の魂気と魄気の結び(勝速日)は成立していない。気の流れが止まった状態である。
鳥船の陰で気の巡りが下丹田に結べば、崩し・作り・掛けが維持され、しかも勝速日、すなわち固めの技が生まれる。受けは地に伏せ、取りの非軸足は受けの腋に接して膝を着き軸となり、ここで魄気の陽の瞬間を経て対側の継ぎ足で正座が完了すると勝速日で一教固めが生まれる。
2024/10/22